東埼玉総合病院付属清地クリニック

脳神経外科

馬場 元毅


【脳神経のはなし】

 これまで手足の運動や感覚のお話をしてきました。「手や足を動かしてごらん」という運動指令は大脳の運動中枢から発信され、脊髄の中を通って反対側の手や足の筋肉にまで伝えられて手や足が動いたのでしたね。また「手が冷たい」とか「足が痛い」といった手足からの感覚情報は、運動指令とは逆方向に、脊髄を通って反対側の大脳感覚中枢に伝えられていましたね。

 それでは顔や舌、喉[のど]の運動や感覚はどのような経路で 伝わっていくのでしょうか。手足の運動や感覚を伝える神経は脊髄に出入りしている脊髄神経というものです。一方、顔や舌、喉の運動や感覚を伝える神経は主に脳幹という場所に出入りしている脳神経というものです。

図1: 脳神経の仕組みと働き



【脳神経は12種類 あります】

 脳神経という言葉は皆さんには馴染[なじ]みがないので、「何か難しそうだな」と敬遠してしまいそうですね。でも安心して下さい。脳神経は日常、普通に感じている感覚や、何気ない運動を司っている神経ですから、分かってしまうと「アァ、これか!」とか「ナンダ、これも脳神経か!」というものばかりです。

 それでは12種類の脳神経について解説いたします。(脳神経は一般にローマ数字で番号付けされています。)

Ⅰ.[きゅう]神経におい
Ⅱ.視神経視力
Ⅲ.動眼神経眼球運動と瞳孔の収縮・拡大
Ⅳ.滑車[かっしゃ]神経眼球運動
Ⅴ.三叉[さんさ]神経顔や舌の感覚と物を噛む筋肉(咀嚼筋)の運動
Ⅵ.外転神経眼球運動
Ⅶ.顔面神経顔の筋肉の運動と味覚
Ⅷ.聴神経(内耳神経)聴覚と平衡感覚
Ⅸ.舌咽神経舌の感覚、味覚、喉の感覚
Ⅹ.迷走神経喉の運動(飲み込み)と発声
Ⅺ.副神経頸の捻転や肩の挙上運動
Ⅻ.舌下神経舌の運動

 脳神経は脳を底面から見上げるとその全体を観察することができます(図1)。

 それでは脳神経のしくみと働きを一つ一つ、解説いたしましょう。


【Ⅰ.嗅神経】

 嗅神経は鼻腔粘膜の内部に分布しています。鼻腔に入ってきたにおいの分子は鼻腔粘膜表面の嗅細胞で感じ取られ、このにおい情報は嗅神経から嗅球を通って大脳底部にある嗅覚野に伝えられて認識されます。さらにこの情報の一部は大脳深部の海馬[かいば](記憶の中枢)や扁桃体[へんとうたい](喜怒哀楽などの情動の中枢)に伝えられます(図2)。ここでは“いいにおい”とか、“イヤなにおい”などと分析して、記憶に残します。これにより皆さんが目隠ししてある物のにおいを嗅[か]いだ時、知っているにおいだったら、「アァ、これはミカンのにおいだ」とか「ウワァ!嫌いな納豆のにおいだ」などとすぐにその物が何であるかを判断したり、「好き」「嫌い」と判断することができるわけです。

図2: 嗅神経の伝わり方


 においを感じなくなる病気があります。これは無臭症[むしゅうしょう]といって、転倒しておでこを強打した時や脳底部の脳腫瘍(嗅窩部髄膜腫[きゅうかぶずいまくしゅ]など)などに起こることがあります。においを感じなくなると、食欲に影響が出たり、ガス漏れなどを察知できなくなって危険な状況に遭遇することになります。また、異臭症[いしゅうしょう]といって、ある種のてんかん発作時に嫌なにおいを感じてしまうことがあります。


次号はⅡ.視神経についてお話します。