金沢大学

脳神経外科

講師 木下 雅史


脳神経外科手術の目覚しい発展により、意識のある状態で脳の病変を安全に取り除くことができるようになりました。代表的な脳腫瘍であるグリオーマとその覚醒下手術についてご紹介します。


【グリオーマについて】

 グリオーマ(神経膠腫)は、150種類以上からなる脳腫瘍のうち、グリア細胞(神経膠細胞)から発生する腫瘍で、脳から発生する腫瘍のおよそ四分の一を占めます。てんかん発作や神経症状で発見されることが多く、頭痛や頭部打撲などの精査で偶然見つかることもあります。脳に染みわたるように浸潤しながら成長するため、正常脳との境界が不明瞭なことが多く、手術による根治は難しいとされています。腫瘍の悪性度によってグレード1から4まで分類され、3と4を悪性グリオーマと呼びます。グリオーマは、グレード2でもグレード3・4へ悪性転化することが多く、現在では無症状の場合でも何からの治療を行うことが推奨されています。


【覚醒下手術とは】

 脳には多くの神経細胞が存在し、領域によって異なる脳機能を支配します。かつては切除しても症状が出にくいとされる部位も、詳細な高次脳機能検査により後遺症として症状が残っているケースがあります。その原因として、いまだ脳の機能ネットワークがよく解明されていないだけではなく、患者さんの脳の機能局在に個人差があったり、脳腫瘍によって脳機能領域が移動していたりすることがあります。しかし、当然ながら全身麻酔下での手術では、言語機能や感覚機能および認知機能を含む高次脳機能を手術中に評価することはできません。

 近年の麻酔ならびに手術技術の発展により、患者さんの意識のある状態で脳の手術を行うことが可能となりました。この覚醒下手術は、正常脳との境界がはっきりしないグリオーマや、深部に位置する病変に対して一定距離の正常脳を通過しなければいけない場合に適応となります。治療の流れは施設によって異なりますが、金沢大学附属病院では、術前に神経画像検査と詳細な高次脳機能検査を行い、まず温存すべき脳機能ネットワークについて評価します(図:左)。覚醒下手術では、最初に全身麻酔下にて開頭(頭蓋骨を開ける処置)を行い、麻酔から目を覚ました後に様々な神経テストを行いながら脳機能を評価しつつ、意識のある状態(起きた状態)を保ったまま病変を切除します。脳そのものには痛みを感じる痛覚がないことを利用した方法です。脳に微小な電気刺激を直接加えることにより、そのときに生じる神経症状を観察します(図:中央)。症状が出現した部位は正常な機能が備わっている領域と判断し、切除せずに温存させます。腫瘍を摘出した後、再び全身麻酔の状態で閉創し手術終了となります(図:右)。脳機能の最大限の温存が見込めるため、術後の神経機能の回復が早く、追加治療がない場合は1~2週間で自宅退院、早期の社会復帰を目指します。

【図】

左:術前の画像検査から描出した脳腫瘍と神経ネットワークの関係図。
中央:四面モニターによる覚醒下手術の記録画像。意識のある状態で絵の名前を答えながら(右上)、脳に電気刺激を加えることにより(左下)、患者さんに生じる言語症状を観察する(左上)。腫瘍との関係はナビゲーションガイドで確認する(右下)。
右:手術前(上)と手術後(下)の頭部MRI。白く見える病変(丸囲)は大きく切除されており、術中の検査による温存部位にわずかに腫瘍が残る(矢印頭)。


【現状と今後の展望】現状と今後の展望

 現在、覚醒下手術の安全性は確立され、多くの施設において行えるようになりました。最近の大規模な研究結果では、覚醒下手術を用いた神経モニタリングを行うことにより、脳機能の温存に加えて腫瘍の摘出率の向上が見込めることが証明されています。また、言語や運動機能にとどまらず、手足の感覚、視野、さらには目の前の物を認知する視空間認知機能や、物事を要領よく行うときに必要なワーキングメモリ、人の感情を理解するために必要な心の理論といった社会生活に必要な高次脳機能に関しても覚醒下手術中に評価することが可能となりつつあります。今後、温存すべき脳機能とそうでない機能(切除しても回復しうる機能)をしっかり見極め、個々の患者さんの病状や生活背景を考えた上で、必要な脳機能を選択して温存させるようなテーラーメード手術を確立することが重要になると考えられます。