埼玉医科大学総合医療センター

脳神経外科

教授 庄島 正明


 病気の治療には原因の解明とその原因に対処する治療薬や治療器具の開発が不可欠です。近年急速に治療が進んでいる脳梗塞の治療の歴史をその一部だけですがご説明します。


●脳梗塞の原因

 現在では、脳梗塞は脳の血管が詰まることが原因で手足が動かなくなってしまう病気であるということが解明されており、原因に対処するための様々な治療法が開発されていますが、今から二〇〇〇年前には東洋でも西洋でも風神や雷神が引き起こす「たたり」として認識されていました。

 脳梗塞の原因が解明されはじめたのは、今から約三〇〇年前まで遡ります。イギリスの内科医であるジョン・チェーンさんは、患者さんをお看とりしているうちに、突然半身が突然動かなくなってしまった患者さんでは、脳の血管が詰まっていて、脳細胞が壊死していることが多い事に気づきました。チェーンさんは、早速その発見を学会で発表したのですが、当時のお医者さんは「単なる偶然にすぎない」と信じようとはしませんでした。

 ほぼ同時期のイギリスの外科医であるアストレー・クーパーさんは、ウサギを用いて動脈を結紮する(糸でしばる)練習を行っていました。当時は戦争や事故で動脈が傷ついてしまって出血多量で死亡することが多かったようなのですが、なんとか急いで血を止めるための方法を開発しようとしていたのです。いろいろ部位の動脈を結紮していたところ、頚動脈が結紮されたウサギは半身が動かなくなってしまうことに気づきました。そのようなウサギの脳を検査すると、チェーンさんが発見したのと同様に脳組織の壊死が認められました。このようなチェーンさんやクーパーさんなどの複数の研究結果が集まることで、ようやく脳梗塞の原因が脳の血管の閉塞(詰まること)であることが広く認識されるようになりました。


●血栓を溶かすお薬

 脳梗塞の研究が進むなかで、血管閉塞の原因は血栓(血液の塊)であることもわかってきました。そこで血栓を溶かすお薬の開発が進められました。

 血栓を溶かすお薬が初めて発見されたのは一九三〇年頃です。当初の血栓を溶かすお薬は体にとって最低限必要とされている止血機能も弱めてしまったため、副作用も多かったのですが、その後の研究開発によって副作用の少ないrt-PA(アール・ティーピーエー)というお薬が開発されており、脳梗塞を安全に治療できるようになりました。


●血栓除去術

 血栓を溶かすお薬を点滴することで、多くの患者さんが脳梗塞から回復できる様になりましたが、血栓が多量にある患者さんの場合はお薬では溶かしきれずにうまく治療できないこともわかってきました。このため、なんとか血栓を取り除こうとする研究開発が行われてきました。

 カテーテルと呼ばれる細長い管を繊細な脳血管に誘導できる様になったのは二〇〇〇年頃からです。「メルシー」と名付けられたワインのコルク抜きのような初代の血栓除去器具が米国で開発され、約六割の患者さんの血栓を取り除くことができるようになりました。現在ではさらに進歩してステント型の血栓除去器具が開発され、約八割の患者さんで血栓を取り除く事ができる様になり、臨床試験でも有効性と安全性が証明され、より多くの患者さんが脳梗塞から回復できるようになりました。


A:「メルシー」と呼ばれるコルク抜き型の初代の血栓除去器具です。B:「トレボ」と呼ばれるステント型の血栓除去器具です。先端の赤いものは脳血管から取り出した血栓です。C:血栓を取り出す前の脳の血管撮影、D:血栓を取り出した後の脳の血管撮影です。


●これからの脳梗塞の治療

 脳の神経細胞は血流が途絶えてしまうと、最短三分で死んでしまいます。細胞が死んでしまった後は、血流が再開しても細胞は生き返りません。逆に、脳出血など具合が悪いことが起こってしまうこともあります。このため、血栓を溶かすお薬の点滴は脳梗塞を発病してから四・五時間以内までしか行えません。また、ステント型血栓除去器具を用いたカテーテル治療の有効性も六〜八時間を越えてしまうと期待しづらいようです。ただ、患者さんの中には、発病から24時間くらいまでであれば、回復の可能性がある神経細胞が残っていることがあり、その存在を最先端のCTやMRIで診断できるようにするような研究開発が進められています。


●おわりに

 脳梗塞の治療に関して歴史と現状をご説明いたしました。ただ、脳梗塞は予防が第一です。そのためには、

 ① 血圧を測定し記録する
 ② タバコは吸わない
 ③ 週に二〜三回の運動を心がける
 ④ 一年に一回くらい不整脈(心房細動)がないかをチェックしてもらう

 など心がけてみてください。